Diary 2010. 12
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12月22日 (水)  お空のヤマコ

 12月も後半に入り、外はクリスマス一色ですね。今日はアニマルスタッフで紹介しました、ヤマコについて書きます。
 ヤマちゃんは12月9日早朝に天使になりました。開業して約1ヶ月たった9月中旬の夜中、ヤマちゃんは交通事故で運び込まれてきました。脊椎骨折・神経断裂の重症でしたが、何とか一命をとりとめ何かの縁かとうちの子になりました。その日以来下半身麻痺で、朝晩の排泄の介助が必須となりました。ノラちゃんでしたが初めて会ったときから絶対に怒らず・噛まず・引掻かずの良い子で、臆病でしたが介助のたびにゴロゴロ甘えていました。体が回復してくると前足でそれはすごい速さで走り回り、きじ君という若干片思いな彼も見つけて元気に過ごしていました。
 異変があったのは昨年10月終わりでした。朝から困ったようなヤマちゃんの声が聞こえ、見ると下痢をしてました。一般的な治療をするも反応がいまいちで、11月はじめお腹の中にしこりがあるのを発見しました。試験開腹をし検査の結果は「高分化型リンパ腫」。以降、抗がん治療が始まりました。幸い治療への反応はよく上副作用も見られず、部分寛解状態で3ヶ月が過ぎました。1月中旬にステロイド剤の副作用を起こして皮膚が一部裂け、その後膵炎を起こし食事を摂らなくなりました。2月はじめ胃ろうチューブをつけました。栄養管理が上手に行きだすと順調に回復し、また抗がん治療を再開しました。胃ろうチューブを収納するのに可愛い洋服を着て、胃ろうからの食事以外にも自分でおいしいフードを食べ、また元気に過ごしていました。
 今年10月中旬、腎臓にリンパ腫が発生しました。所沢のがんセンターを受診し、新たな抗がん治療が始まりました。導入期の反応は良かったのですが、11月中旬から思わしくなくなり、リンパ腫による腎不全・DICも進行していきました。12月はじめ、目が見えなくなりました。おそらく中枢神経に転移したと思われます。とても不安だったでしょう。声をできるだけかけてあげるようにしました。12月7日ケージの中でぐるぐる動き続けました。コタツが大好きでしたので治療中も夜はコタツで寝ていましたが、この夜がコタツで寝る最後になりました。12月8日朝から乏尿。横たわったまま動かなくなりました。支えて起こしてあげると、水を自分で飲んでいました。12月9日未明うなり声とともに呼吸が速くなり、3回ほど声を出して大きく呼吸をしたあと、静かに息を引き取りました。

腎臓リンパ腫の平均生存期間は3〜6ヶ月、頭では理解していましたがやはり気持ちが追いつきません。ヤマちゃんの件を通して、病気のケアは病院で薬を投与することだけではなく、生きるうえで必須な栄養を取るということ、そして何よりお家での暖かいケアが大切だということを痛感しました。ヤマちゃんは胃ろうチューブのおかげで、痩せずに良好な栄養状態が保てました。また、治療に縛り付けずに治療の合間できるだけ今まで通りの生活形態を保つこと、細かい観察、声をかけたり撫でたりする(これはその子によると思いますが)ことで精神的なケアもできて、QOLを高く保つことができました。この経験を生かして、これからもペット君たちのお役に立てればと思います。

ヤマちゃんがいなくなったのはとても寂しいですが、今頃お空で私たちが見たことの無い4本足で走り回っていることでしょう。かなり長く偏った文になりましたが、どこかに残しておきたいと思い書きました。ヤマちゃん、ありがとう。

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12月14日 (火)  ポケットの中身は

 ある方から「白衣のポケットには何が入っているんですか?」という質問を受けた。

 なるほど。ちょっとした謎かもしれませんね。
 
 大変残念ながら私の白衣のポケットには、「注射針のキャップ」とか「要らなくなったメモ」とか、その時捨てられなかったゴミが入っています。

 満遍なく申し訳ありません


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